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「役員借入金が多いと、M&Aの売却に影響しますか?」
これは、私が10年間M&Aアドバイザーとして活動してきた中で、売り手側の経営者から最も頻繁に受けた質問のひとつです。答えは明確です。影響します。しかも、思った以上に大きく。
中小企業の貸借対照表を見ると、負債の部に「役員借入金」が数百万円から場合によっては数千万円単位で計上されているケースは珍しくありません。長年、会社の運転資金が足りないときにオーナー自身が個人のお金を会社に貸し付けてきた結果です。「いつか返してもらえばいい」と放置してきたものが、M&Aの局面で突如として問題化する。このパターンを私は何度も目の当たりにしてきました。
この記事では、M&A売却前に役員借入金をどう整理するか、具体的な3つの方法と、それぞれに伴う税務リスクを実務の観点から解説します。売却を検討しているオーナー経営者の方は、ぜひ最後までご確認ください。
役員借入金とは何か?M&A売却で問題になる理由
役員借入金の基本的な性質
役員借入金とは、会社のオーナーや役員が自分の個人資金を会社に貸し付けたお金のことです。会計上は「負債」に分類され、貸借対照表の負債の部に計上されます。
中小企業では、銀行融資の審査が通らない時期や、急な資金需要が発生した際に、オーナーが個人的に資金を注入するケースがよくあります。これ自体は珍しいことではなく、むしろ中小企業の資金繰りを支える重要な手段です。ただし、長期間にわたって放置されると、M&Aの文脈では厄介な存在になります。
役員借入金の特徴は次のとおりです。
- 会計上は「負債」として計上される(企業価値の評価に影響する)
- オーナー個人への返済義務が法的に存在する
- 利息の設定がない、または低い場合が多い(税務上の問題になりうる)
- 返済期限が曖昧なままになっていることが多い
なぜ買い手は役員借入金を嫌うのか
M&Aの場面で買い手が役員借入金を嫌う理由は、主に2つあります。
①企業価値(EV)の算定に影響するから
M&Aでは一般的に、企業価値(EV)から純有利子負債(Net Debt)を差し引いた金額が株式価値となります。役員借入金は「有利子負債」に準じるものとして扱われるため、金額が大きいほど株式の買取価格が低く算定されます。
たとえば、EBITDAベースの企業価値が1億5,000万円と算定された会社でも、役員借入金が5,000万円あれば、株式価値は単純計算で1億円になります。もちろん実際はもう少し複雑な計算になりますが、役員借入金が大きいほど売り手が受け取る対価が減るという構造は変わりません。
②クロージング後の処理が複雑になるから
買収後に役員借入金が残っていると、新しい経営体制の下で旧オーナーへの返済をどうするかという問題が残ります。買い手からすれば、「いつ、どのように旧オーナーに返済するのか」が不明確な状態は気持ちが悪い。そのため、売却前に整理されていない役員借入金は、交渉を複雑にする要因になります。
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M&A売却前に役員借入金を整理すべき3つの理由
具体的な整理方法に入る前に、なぜ「売却前」に整理しておくべきなのかを整理しておきましょう。
理由①:売却価格が上がる
役員借入金を整理することで、貸借対照表上の負債が減り、純資産が増加します。特に純資産倍率法(マルチプル法)で評価される業種では、直接的に株式価値の向上につながります。
理由②:デューデリジェンス(DD)がスムーズになる
買い手が実施する財務DDでは、役員借入金の発生経緯、返済条件、利息の設定などが詳しく調査されます。整理されていない状態だと質問対応に時間を取られ、場合によっては不信感を持たれる原因にもなります。
理由③:クロージング後のトラブルを防ぐ
売却後に旧オーナーが「役員借入金を返してほしい」と新経営陣に請求するケースは、実際に存在します。こうしたポストクロージングのトラブルを防ぐためにも、売却前に決着をつけておくことが重要です。
役員借入金の整理方法①:返済による消却
📋 役員借入金の整理方法①:返済による消却の流れ
返済の手順と注意点
最もシンプルな整理方法は、会社が役員借入金をオーナーに返済することです。手続き上の複雑さが少なく、税務リスクも比較的低い方法です。
返済するには、当然ながら会社に返済資金が必要です。資金がある会社であれば、M&Aの話が持ち上がった段階で順次返済を進めていくのが一般的です。
注意点としては、以下の点が挙げられます。
- 一括返済は要注意:多額の役員借入金を一度に返済すると、会社の資金繰りを圧迫するだけでなく、税務調査の際に「なぜこのタイミングで?」と疑問を持たれるケースがあります。返済の合理的な理由を説明できるようにしておきましょう。
- 利息の取り扱い:無利息や低利率で貸し付けていた場合、税務上の問題が生じることがあります。顧問税理士と事前に確認することをお勧めします。
- 返済の記録を残す:口座振込で返済し、取締役会議事録や借用書を整備しておくと、DDの際に説明しやすくなります。
返済タイミングと資金調達
会社に返済資金が十分にない場合は、M&A売却の対価の一部を充当するという方法もあります。ただしこれは、株式譲渡代金とは別に、役員借入金の返済を売却条件として織り込む形になるため、スキーム設計の段階でM&Aアドバイザーと詳細を詰める必要があります。
また、「役員借入金分は株式価格に含める」という考え方で買い手と合意するケースもあります。これは役員借入金を実質的に資本とみなして株式価値に加算するもので、クロージング後は会社から返済しないという合意を前提にしています。こうしたアレンジは買い手との交渉次第ですが、選択肢として知っておく価値があります。
役員借入金の整理方法②:DES(デット・エクイティ・スワップ)
📋 役員借入金の整理方法②:DES(デット・エクイティ・スワップ)の流れ
DESの仕組みと手続き
DES(Debt Equity Swap)とは、役員借入金(負債)を株式(資本)に転換する方法です。返済資金が会社にない場合や、資本増強を同時に実現したい場合に有効な手段です。
具体的な手順は以下のとおりです。
- 役員(オーナー)が会社に対して保有する貸付債権を現物出資する
- 会社はその債権を資本金(または資本準備金)に振り替える
- 会社の負債(役員借入金)が消滅し、純資産が増加する
この手続きにより、貸借対照表上の役員借入金がゼロになり、同額の純資産増加が実現します。結果として、会社の財務内容が改善し、買い手から見た企業の健全性が向上します。
DESの税務リスクと注意点
DESはシンプルに見えますが、税務上の落とし穴があります。ここは非常に重要なポイントです。
現物出資時の「時価評価」問題
DESでは、オーナーが保有する役員借入金(貸付債権)を現物出資しますが、税務上はこの債権が「時価」で評価されることになります。問題は、会社の財務状況が悪い場合、1,000万円の貸付債権の時価が500万円しかないと評価されることがある点です。
この場合、差額の500万円が「債務免除益」として会社の益金に算入され、法人税の課税対象になります。会社の繰越欠損金で相殺できれば問題ありませんが、欠損金がない優良企業の場合は多額の税負担が生じます。
また、オーナー側でも、現物出資した債権の時価と帳簿価額の差が「みなし譲渡損」になる可能性があり、個人の確定申告に影響することがあります。
DESを検討する場合は、必ず税理士・公認会計士に相談し、税務シミュレーションを行ってから実行してください。
DESが有効なケースのまとめ
- 会社に十分な繰越欠損金がある場合
- 会社の財務状況が良好で、債権の時価が帳簿価額に近い場合
- 資本金増強が買い手にとってメリットになる場合
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役員借入金の整理方法③:債務免除(役員借入金の放棄)
債務免除の手続き
債務免除とは、オーナーが会社に対して「役員借入金の返済は不要です」と権利を放棄する方法です。書面(債務免除通知書)を作成し、会社側で免除を受けたことを経理処理することで完了します。
手続きそのものは3つの方法の中で最もシンプルです。返済資金も不要で、株式の発行もありません。「もともと返してもらうつもりはなかった」というオーナーには、現実に即した整理方法といえます。
債務免除益課税のリスク
しかし、この方法には最も大きな税務リスクが伴います。
債務免除益の法人税課税
オーナーが役員借入金を放棄すると、その金額が会社にとっての「債務免除益」となり、全額が法人の益金に算入されます。繰越欠損金がない会社では、免除額に対して実効税率(概ね30〜35%程度)の法人税等が課税されます。
たとえば、役員借入金が3,000万円あり、繰越欠損金がない優良企業がこれを免除した場合、会社には約1,000万円の税負担が生じます。「タダでお金をもらえる」と思っていたのに、むしろ税金が増えるという結果になりかねません。
債務免除益課税を回避できるケース
- 会社に十分な繰越欠損金がある場合(欠損金で相殺可能)
- 会社が債務超過状態にある場合(一定の条件で課税が緩和されることがある)
赤字が続いて繰越欠損金が積み上がっている会社では、債務免除益と欠損金を相殺できるため、実質的な税負担がゼロになるケースもあります。一方、業績好調で繰越欠損金がほとんどない会社では、債務免除は得策ではありません。
いずれにせよ、実行前に必ず税理士による試算を行ってください。
3つの整理方法の比較まとめ
3つの方法を整理すると、以下のようになります。
| 方法 | 手続きの複雑さ | 会社への税務影響 | 適しているケース |
|---|---|---|---|
| ①返済 | 低 | 原則なし | 会社に返済資金がある場合 |
| ②DES | 中 | 時価次第で課税リスクあり | 繰越欠損金がある・資本増強したい場合 |
| ③債務免除 | 低 | 原則として課税(欠損金次第) | 繰越欠損金が十分ある場合 |
「どれが正解か」は、会社の財務状況・税務状況・M&Aのスキーム・売却タイミングによって異なります。一律の答えはなく、個別の状況に応じた判断が必要です。
M&A売却価格への影響:役員借入金が企業価値に与えるインパクト
役員借入金の整理が売却価格にどう影響するかを、もう少し具体的に考えてみましょう。
M&Aでは、企業価値(EV)の算定にEBITDA倍率が使われることが多く、そこから純有利子負債を差し引いた額が株式価値(エクイティ・バリュー)になります。役員借入金は一般的にこの「純有利子負債」に含まれます。
【例:役員借入金が売却価格に与える影響】
- EBITDA:3,000万円
- EBITDA倍率:5倍
- EV(企業価値):1億5,000万円
- 役員借入金:4,000万円(整理前)
- 株式価値(整理前):1億5,000万円 − 4,000万円 = 1億1,000万円
これを役員借入金ゼロの状態で売却できれば:
- 株式価値(整理後):1億5,000万円 − 0円 = 1億5,000万円
単純化した例ですが、役員借入金4,000万円の差が、そのまま売却対価の差に直結することがわかります。ただし、DESや債務免除を使った場合は税務コストが発生するため、手取りの差を純粋に比較するには税引き後シミュレーションが必要です。
重要なのは、「役員借入金をそのままにして売却する」という選択が、常に最悪の選択肢とは限らない点です。整理にかかる税務コストが、売却価格の増加分を上回るケースもあります。だからこそ、複数のシナリオを比較したうえで判断することが求められます。
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役員借入金と売却スキームの関係:株式譲渡と事業譲渡で異なる扱い
株式譲渡の場合
株式譲渡の場合、買い手は会社の株式を取得するため、役員借入金を含む会社の全負債を引き継ぎます。つまり、役員借入金がそのまま買収後の会社のバランスシートに残ります。
この場合、買い手は「将来、旧オーナーへの役員借入金をどう返済するか」を検討する必要があります。多くのケースでは、株式価値の算定から役員借入金相当額を控除するか、「クロージング後に会社が返済する」という条件を売買契約に明記します。
事業譲渡の場合
一方、事業譲渡(会社の資産・負債を個別に移転する方式)では、役員借入金を承継対象の負債に含めるかどうかを当事者間で決めることができます。役員借入金を移転対象から外すことも可能で、その場合は旧法人が役員借入金を抱えたまま清算するか、オーナーが債権を放棄するかを選ぶことになります。
いずれのスキームを選択するかによって、役員借入金の扱い方と税務コストが変わります。M&Aアドバイザーや税理士と連携し、スキームと役員借入金整理の方法をセットで検討することが重要です。
専門家に相談すべきタイミングと選び方
役員借入金の整理は、M&Aの準備段階で最初に着手すべき財務整理のひとつです。売却の意思決定をした段階で、すぐに動き始めることをお勧めします。
相談すべき専門家
①顧問税理士(または税務に強い税理士)
3つの整理方法それぞれの税務影響を試算してもらいましょう。会社の繰越欠損金の残高、オーナーの個人所得状況、想定するM&Aスキームを整理した上で相談すると、スムーズに議論できます。
②M&Aアドバイザー(仲介会社またはFA)
売却価格への影響を含めたシミュレーションを依頼しましょう。M&Aアドバイザーは買い手の立場から「どのように見られるか」を把握しているため、税理士とは異なる視点でアドバイスをもらえます。
③公認会計士(財務DDの対応準備として)
大型のM&Aや、財務状況が複雑な場合は、売り手側でも公認会計士を起用して「売り手DD」(セルサイドDD)を実施することがあります。問題を事前に把握し、買い手からの指摘に備えることができます。
整理に必要な期間の目安
役員借入金の整理には、一般的に以下の期間を見込んでおくべきです。
- 返済による整理:資金手当てに時間がかかる場合は3〜6か月以上
- DES:登記手続きを含め1〜3か月程度
- 債務免除:書類作成・経理処理のみであれば1か月以内も可能だが、税務シミュレーションの期間を含めると2〜3か月
M&Aの本格的な交渉フェーズが始まる前、つまり売却の意思決定から半年以上前には動き始めることが理想です。焦って整理を急ぐと、税務上のリスクを見落とすことがあります。
まとめ:役員借入金の整理は「早めに・専門家と」が鉄則
この記事では、M&A売却前の役員借入金整理について、3つの方法とその税務リスクを解説しました。要点を整理します。
- 役員借入金はM&Aにおいて売却価格に直結する重要項目
- 整理方法は「①返済」「②DES」「③債務免除」の3つ
- DESと債務免除には税務コストが伴うケースがあり、事前シミュレーションが不可欠
- スキーム(株式譲渡か事業譲渡か)によっても扱いが異なる
- 売却意思決定の段階で、税理士とM&Aアドバイザーに早めに相談することが重要
私がアドバイザーとして関わってきた案件の中でも、売却前に役員借入金をきれいに整理できた経営者ほど、最終的な手取り額に満足するケースが多かった印象があります。逆に、整理が遅れてDDの段階で問題が露呈し、価格交渉で不利な状況に立たされた案件も見てきました。
「そのうちやろう」と後回しにしがちなテーマですが、役員借入金の整理はM&A成功の布石です。まずは顧問税理士に現状の役員借入金の金額と繰越欠損金の残高を確認し、どの整理方法が最適かを相談することから始めてみてください。

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